2017年にスタートしたPOSTELEGANTは、2025年の春夏コレクションで、パリでの展示会発表を再開した。クリエイティブディレクターでありファウンダーの中田優也さんは、岐阜出身という背景を持ち、彼の生み出すモダンでエレガントな服の背景には、尾州を中心に、日本の地方の作り手達が育んできた高い技術力や素材力がふんだんに生かされている。削ぎ落としていく美学の中で、しなやかな余白と共にクリエイションを行う中田さんだが、そこには地方産業の問題へと立ち向かう煌めくデザインがある。自らに問いを重ねることで見出したシンプリシティの哲学と、30年後を見据えた取り組みとは。

POSTELEGANT 2025 AUTUMN-WINTER COLLECTION
幼い頃から、ごく自然に、いつしか「服をつくる人」になると心は決まっていたという。名古屋学芸大学在学中、パリへの留学はその感覚を静かに揺さぶった。異国の文化、交錯する価値観。遠く離れた土地で、日本人としての輪郭が不思議と際立つ。帰国後は文化ファッション大学院大学へ。そこで彼は、つくる行為そのものと向き合う。「描く」のではなく、「素材と語る」こと。それが最も自分らしいアプローチだと気づいたのは、尾州の産地と手を組んだ学生時代のコンペだった。糸と織機、職人たちの手から生まれる布。それらに導かれるように、ブランドの原型が静かに姿を現しはじめた。その後、数々のインターンでの現場やオンワード樫山でのBEIGE, での経験を経て、2017年、POSTELEGANTが誕生した。
2025年秋冬コレクションが陳列され、雪の中にモデル達が佇んでいる最新ビジュアルを前に、中田さんは言う。「いつも明確なシーズンテーマは設けていないんです」。ロケ地となった北海道・美瑛の雪景色は彼の個人的な記憶と欲望から自然に選ばれた背景だ。都会と自然を往復しながら、旭川の家具工房を訪れ、レンタカーで風景を巡る——そんな日常の延長にある服には、リアリティが滲んでいる。
「羽田から旭川空港って1時間20分ぐらいなんです。僕も田舎育ちなので、東京にずっと住んでいると自然に行きたくなる。その方が自然体というか、ナチュラルでストレスなく気持ちよく過ごせるし、そういう暮らし方に、ゆくゆくは変わっていくと思うし、自分も住みたいな、という思いも乗っているんです(笑)。かつては遠い夢だった“二拠点生活”も、今では身近な選択肢となりつつある。非日常のようでいて、実はとても現実的な風景と服の組み合わせが、見る人の心に静かに入り込む。
必然的であり続けるという存在の追求
「必要なものを、過不足なく」。
それは、中田さんの服づくり全体を貫く揺るぎない基準だ。建築や家具、デザイナー達による素晴らしい仕事の数々。50年、100年と長く残されていく仕事には、時間の長さという根底の違いがある。時に羨ましくもあり、リスペクトを感じる一方で、服は柔らかく、日々の暮らしの中で確実に消耗していく。しかし、そういうものだからこそ「10年、20年、できれば子どもに受け継がれるほどの強度と魅力を宿したい」。その想いは、デザインにおけるあらゆる選択に表れている。
装飾は削ぎ落とされ、ポケットやボタンといった意味のある要素だけを選び抜く。「結果的にミニマルに見えるけれど、意識してそうしているわけではない」と中田さんは言う。「民藝もそうですが、“用の美”という言葉がすごく好きなんですね。必然があって生まれた形が、結果的に研ぎ澄まされて美しいシェイプになっていくという考え方って、すごく理にかなっていて」。
大きくコンセプトを打ち立てるわけでも、トレンド性を追いかけるわけでもない。ベーシックでありながら、しかし、印象的なスタイリングへと誘うパワーを持つPOSTELEGANTの服は、文字通り静かに語るピースばかりだ。
「やはり1つ発表するにもかなり重きを置いていますから、人にも何かが伝わるんだと思うんですよね。何故かパワーがあるというのは、ものを介して伝わっているからだと信じています」

POSTELEGANT 2025 AUTUMN-WINTER COLLECTION

POSTELEGANT 2025 AUTUMN-WINTER COLLECTION
無理やり出したものって、きっと買う人もあんまり欲しくならないんですよね
ファッションブランドは数えきれないほどあり、世の中は十分すぎるほどの服で満ちている。だから、長く付き合えるものだけを作りたいと中田さんは言う。
「1回気に入ったらずっと着るし、まだ着られるとか少しずつ買い足すことを前提にしていていいんじゃないかなと思っていて。自分がやることで、そういう考え方になる人が増えたり、無駄なものが減っていくといいなと思っています。MDが主導して、売ることを目的として毎月補填をしていくやり方もあるかと思いますが、無理やり出したものって、きっと買う人もあんまり欲しくならないんですよね」。
発表はできた分だけ。型数も決めず、作りたいもの、作るべきものを1つひとつ、精魂込めて作ることができているのは、中田さんが自らバイヤーとのやり取りを行い、機屋や縫製工場、職人さん達のキャパシティに応じて発注数を調整しているからだ。こだわりのものづくりには、効率化と相反することが多々ある。しかし、地方の工場と、緩やかに上昇する矢印を描きながら10年、20年と継続していく関係を継続している。生産を担う工場や職人たちと築き上げた信頼関係のもと、時間と手間を惜しまず仕立てられているから、その完成度に、彼自身も量産品が仕上がるたび「今回もすごくいい」と驚かされ、みんなと完成の実感を分かち合うという。
「服は、縫い合わせれば形になる。でも、そこに“きれいさ”や“気持ちよさ”が宿るかは別の話なんです」。
「毎日でも着ました」が、いちばんの褒め言葉
素材選びにおいても、見栄えや原料の希少性を声高に謳うことはしない。「結果的に特別な生地になることはあるけれど、いい原料だから、という理由だけで服を作りたいわけではない」。たとえば、特殊な管理下で育てられた羊のウールや、世界でも例を見ない製品縮絨とリバー縫製を組み合わせた生地。技術や素材は中田さんにとってあくまで“手段”であり、最終的に「着て気持ちいい」「自然と手が伸びる」服を生み出すことこそが目的なのだという。
「産地や原料、技術の説明を聞いて欲しいと思っているわけじゃない。むしろ、『あ、このジャケットすごく気持ちいい』『欲しい』って思ってもらうほうが嬉しいんです。ファッションデザイナーとしては、やっぱり着てもらってなんぼ。服は飾るものじゃない。日々の中で袖を通してもらって初めて、意味が生まれるんです」。
大学院時代、ファッションデザインとは?を問い続けた。コンペや授業では常に「新しいもの」が求められ、努力して生み出した課題を提出しても「見たことがある」と簡単に片づけられてしまう。そんな経験を重ねるうちに、ふと芽生えた「すごいと驚かれる発表をするためだけに服を作りたいのか」という自分自身への問い。服は着るものであり、作品ではなく、“着る”という行為こそが、ファッションデザインの本質なのではないか。デザイナーズを頂点とするファッション業界や教育機関からの呪縛から抜け出し、自分らしい一歩を踏み出した。


POSTELEGANT 2025 AUTUMN-WINTER COLLECTION


POSTELEGANT 2025 AUTUMN-WINTER COLLECTION
脆弱な日本の産地でこそ、世界が追いつけないブランドが作れる
ブランドを始めて7、8年、中田さんは年に数回産地を訪れ、顔を合わせ、世間話を交わす。そこにあるのは、まるで親戚同士のような、気心の知れた信頼関係だ。「体調どうですか、なんて話から始まるんですよね。ほとんど、そんな感じなんです」。
だが、その裏では、廃業や閉鎖が相次ぎ、長年積み重ねられた技術が静かに消えつつある現実もある。「このままじゃ、10年後には本当に機能しなくなるかもしれない」。そうした危機感が、中田さんの背中を押している。
昔と違い、現在の情報は、居場所を限定することがなくSNSを通して世界と繋がることができる。上京するよりも、高品質なものづくりを行なっている地方の現場でしか得られない経験——たとえば、CHANELやDIORといったラグジュアリーブランドと直接やり取りしながら生地をつくるような、産地ならではのリアルこそが、強いブランドを育てると中田さんは考えている。
「若い世代も、産地に入ってやってみる方が絶対に面白いし、世界レベルのすごいことをしているんですよ。今、東京でアパレルに入って5年後、果たして何が残るか。やりたいことすらできないかもしれない。でも、産地で数年やれば、知識も経験もまるで違う」。そこには、情報過多な都会では得られない視点と、世界と向き合える強さがある。「本当に、こっちの方がほかのどこにいても見ることのできない景色があるんです」。
パリ・東京・地方。それぞれのビジネスのあり方を知る中田さんだからこそ見えるヴィジョンがあり、これほど確かなことがあるのだろうか。やがて世界が追いつけないブランドが地方から生まれる日は、すでに間近に迫っているのかもしれない。
一宮から始まる、世界を牽引する日本のファッション
中田さんは今、愛知県一宮市を拠点に新たな場所づくりの計画を進めている。POSTELEGANTの服を販売するだけではなく、尾州の織物や産地の文化そのものを発信する場所にしようとしている。「服だけじゃないんです。焼き物でも、木工でも、現場の魅力をもっと素敵に見せたいんです」。
尾州は、イタリアのハダースフィールド、イタリアのビエラに続く世界三代毛織物の産地だ。紡績から糸染め、製織、編み、染色整理、調査などといったさまざまな工程を担う工場が多く点在している。昔ながらの織機によって希少価値の高いものづくりをするところから、最新の体制で効率化を目指す工場など多岐に渡り、これからの時代へと立ち向かっている。この地域の魅力はそれだけではない。たとえば、近くの岐阜県多治見市は美濃焼で知られる焼き物の街。美濃地方には美濃和紙という伝統産業も息づく。さらに愛知に目を向ければ、トヨタを中心とした世界的な工業地帯が広がる。「焼き物や和紙の職人さん、トヨタの工場を見に来る海外の人たち。そういう人たちが、一宮にも立ち寄って、生地や服を知ってくれる場所にしたい」。ものづくりの産地を見に訪れる人を誘致し、「職人ってかっこいい」というところまで持っていければ、若者を筆頭にパワーがでてくる。やがて尾州が元気になる。
「僕が東京で多少名前を知ってもらえるようになったのも、産地の皆さんのおかげ。それをどう還元できるかなと考えた時に、お金だけじゃなくて誰かのためになれたり、前向きになれる未来が生まれていくようなことじゃないと、やる意味はないんじゃないかなと思っています。時間はかかりますが、5年から10年かけて土台を作っていって、30年経った時にも産地が盛り上がっていることを見据えて少しずつ歩みを進めています」。

パーパスが先に立ちすぎることなく、「今日も着ていたい」と欲望を高まらせる、世界基準で洗練されたセンスと最高品質を提供するPOSTELEGANT。中田さんが届けているのは、豊かな未来のあり方という、今選ばれるべき重要な選択肢だ。急速な過渡期に生きる今だからこそ、時間や品質、地域や環境を豊かにしていくということについて、1着の服を通して考えてみてはいかがだろうか。

sustainable anquete
POSTELEGANT
TP VISA