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Design / Art

2025.02.07

YUIMA NAKAZATOが衣類に込めた環境やジェンダーへの願いと革新の芸術に触れる

cover photo: Yuima Nakazato
interview: YUKA SONE SATO

YUIMA NAKAZATOが衣類に込めた環境やジェンダーへの願いと革新の芸術に触れる

パリのオートクチュールで2016年より発表を続ける日本人デザイナー中里唯馬が率いる「YUIMA NAKAZATO」の15周年を記念した展覧会が2025年2月16日まで行われている。
 
フランスのカレーで行われた回顧展を軸にした展示では、2024年2月にスイスで公開されたオペラ『イドメネオ』の衣装制作の工程から発展させた2シーズンのコレクションと共に最新コレクション『FADE』の一部が展示されている。これまでのコレクションの軌跡を写真でたどったアイルを抜けると「UTAKATA」「UNVEIL」のコレクションがデザインスケッチとともに並ぶ。
 
緻密な手仕事と膨大なリサーチからなるオートクチュールの創造性に圧倒され、奥に進むと洞窟のような静謐な空間に『FADE』コレクションがその物語の構成員である自然物やスケッチとともに佇む。一見、無音の砂漠のような空間に一歩踏み入れると、構成員達が騒がしいほど饒舌に歴史を語る。クラクションが鳴り響く大都会六本木で無情にも変わり続ける景色とその地で、経年を思いながら積み重ねられた残像に思いを馳せる。

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UTAKATA

中里唯馬はファッションという非言語を使って緻密なデザイン性を武器に科学や工業技術を発展させる開拓者だ。市場戦略に則った一過性のコンセプトではなく、持続可能性を基盤とした在り方への道筋を照らす。
 
サステナビリティに真摯に向き合う中里の姿勢は2024年に発表した映画『燃えるドレスを紡いで』で高らかに謳われることとなった。それまでも最先端技術と緻密なデザイン、そして夢のようなエステティックによって衣類の構造概念を刷新してきていた。しかし映画では、大量生産された衣類が山積みになったケニアのゴミ集積場の凄まじい現状を露わにし、現地に訪れた中里の体験を通して見るものに直感的な衝撃を与えた。
 
劇中では中里がゴミ山で販売されている衣類を持ち帰り再生することで、世界最高峰のクリエイションへと昇華させるまでの経緯を描き出されている。環境汚染産業第2位のファッション業界において、正式なファッションウィークでコレクションを発表することは消費を促す最上位システムに属することを意味する。その中であえてサステナビリティを打ち出すことによる矛盾や葛藤がYUIMA NAKAZATOのクリエイションの根底にあることは間違いない。

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【燃えるドレス】アザー4

映画『燃えるドレスを紡いで』より

オートクチュールに向き合い続けることは、アクティビズムと同様である

オートクチュールとは通常のパリ・ミラノ・NYなどの大都市でコレクションが発表されてから効率的に大量生産をするプレタポルテとは違い、注文を受けて1つずつ採寸し、パターンや縫製を行う1点ものの創造だ。ファッションの起源であり、ブランドにとって崇高かつ権威ある存在として美学や技術の高さを誇示するシステムのひとつである。大衆を賑わす存在とは一線を画し、非効率的とも言えるオートクチュールというプラットフォームを中里はなぜあえて選んだのだろうか。
 
「着る人のために 1着の服を仕立てていくという行為自体、非常にプリミティブな行為だと思っています。作る人と着る人の距離が近い状態が今は珍しくはありますが、大量生産であっても人がミシンを踏んで作っていることは現在も変わらない。ただ、遠い異国の地で行われているため人が作るという感覚が衰え、無味乾燥なものになりつつあります。ですから、現代は衣類に人が介在していることを着る人が思い出していくことが大切な時代なのではないかと思うんです」

「ヨーロッパに流れるモードの歴史とそれらを支えてきた手仕事に対して、日本ではこれが重んじられなくなって久しいという状況の中での試行錯誤や葛藤はあります。同時に、日本にオリジンのある伝統的なテキスタイルや手仕事など素晴らしいものがたくさんある。
 
大量生産のものづくりに合いづらくなった伝統やクラフツマンシップを世界に発信していく、というのがクチュールの役目です。全員に行き届くことは難しくても、制限なく多くの人が見ることができてインスピレーションを受け取ることができるというところはアートに似ていますよね。ファッションを非言語なコミュニケーションツールとして捉えると、衣類に込められた社会的な課題やメッセージを受け取り解釈して、さあ次に何を着よう、というような意識の改革につながるための重要な役割を持つと言えます。

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©YUIMA NAKAZATO

アーティスティックジャーナリズムという言葉がありますが、あえて非言語なものに置き換えることでメッセージを伝えていくのがアートであるならば、衣服が生み出している地球環境へのインパクトを、言葉を介さずに伝えていくとどんなデザインになるのか。それを纏ったときにどんな気持ちになるのか、それを見た人がどうやってメッセージを伝えていくのかということもデザイナーが設計する必要があるのではないかと思っているんです。だからこそ、素材や技法といった直接的に目に見えない部分もきちんと設計し、メッセージを持たせていくことが大切なのと同時に、透明性をいかに作り出していくかということも重要だと考えています」

科学と職人の技術が作り出す持続可能な未来素材への道しるべ

YUIMA NAKAZATOのクチュールの哲学は、持続可能なファッションという理想の実現だ。この考えをインストールするために、様々な企業とともに壮大な創造性をもって唯一無二の技術を開発してきた。代表的なのが、2019年に発表されて以来ブランドを代表する素材となっている独自技術「Biosmocking(バイオスモッキング)だ。有限な化石由来に頼らない人工素材で環境負荷の低減を目指すスパイバー社が開発した、「ブリュードプロテイン©の伸縮性を利用した製品加工技術だ。グラフィック加工した生地に水や熱を加えることで立体的な形状を作り出すため、一般的な布を超越したデザインすら可能で、一人ひとりの身体の形状に緻密に向き合うことができる。
 
また、衣類を縫い合わせずに特殊な付属でパーツごとに組み立てる衣類「TYPE-1」は、部分的な交換を可能にしながら、パーツごとの細かな選択で個性を引き立てることができる。さらに、水を使わない紙の再生技術であるエプソン社のドライファイバーテクノロジーやデジタル捺染などの技術を利用して、古着をアップサイクルして新しい表現へと昇華させている。さらに、コロナ禍では、距離のある相手と特別なコミュニケーションによって古い服を新しく生まれ変わらせる「FACE TO FACE(フェイス・トゥ・フェイス)」をリリース。個人から衣服を預かり、その1枚から読み取れるデザインやサイズ、思い出のエピソードといった情報をもとに、その服を再構築する。ストーリーから派生した全く新しいデザインピースは、希少性だけでなく記憶や感情までも織り込んだ唯一無二の服を作り上げた。

Biosmocking
FACE TO FACE
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クラフツマンシップを重んじ、水や石油、科学肥料を使用しない徹底した環境配慮と、一人ひとりのために計算と努力によって積み上げられた設計図。製造背景までもデザインするこだわりはどこに起因するのだろう。
 
 
「アントワープ王立芸術学院はなぜなのか、なぜやるのか、なぜ生み出す必要があるか⋯⋯そういった必然性を深めていき、言語化して伝えていくことを徹底的に訓練していくところでした。自問自答を繰り返す中で独自性を深めていく期間を経て、当たり前のように存在している素材を料理するということにとどまらず、本当にこの素材を使っているだけでいいんだろうか、背景に何があるのかとか、いろんなことを1段も2段も掘り下げて考えていく。そういったことが習慣づいているということはあるかもしれないですね。
 

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アントワープ時代の中里唯馬氏
Photography by Ai Hirano

それに、当時からジャンルの違う人たちと一緒に物作りをすると新しいものが生まれていくことが好きでした。今も企業さんや職人さんとの交流からヒントを見つけ出していくというのが軸になっています。
 
エプソン社の皆さんと協業するにあたり、会社で意思決定ができる役員の方たちをケニアのゴミの山までお連れしました。現地で体感すると『これはまずいね』とロジカルじゃなくて感覚的に理解することができる。そういう体験を一緒にして、この先のソリューションを一緒に考えていく。そうやって巻き込んでいくことは新しいものをこう作り出す上でとても重要かなと思います」

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【燃えるドレス】サブ1
【燃えるドレス】サブ2

幼い頃から環境問題意識の高い両親のもとに育ったという中里唯馬。重苦しいトピックとの板挟みで、サステナビリティという言葉や社会的な課題と、ファッションの楽しさや好きという純粋な感覚が結びつかずに何年も経過していた。世間の潮目が変わったここ10年以内で積極的な発信ができるようになり、接続しやすくなったという。

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オペラ『IDOMENEO』より

オペラの衣装製作に端を発した男性性へのアンチテーゼ

今回展示されている2つのコレクション「UTAKATA」「UNVEIL」は、ともにスイスで行われたオペラ『イドメネオ』の衣装製作に通じている。YUIMA NAKAZATOにて積み上げてきた伝統や技巧が舞台芸術を手掛けた塩田千春の世界観と絡みあって出来上がった作品は、現代的な総合芸術として高い賞賛を受けた。衣装制作に当たり、作品の舞台であるエーゲ海のクレタ島を訪れた中里は、古代遺跡や甲冑など古い資料をもとにデザインを発展させたのだという。赤い糸を海に見立てて構築された舞台に繊細ながらも躍動感のあるデザインが施された「UNVEIL」に対して、「UTAKATA」は古代から連綿と続く男性的なシンボルが出発点となっている。カラカラと美しい音を立てる鱗のような鎧を纏い、涙のようなメイクをしたモデル達が歩くコレクションの背景にはどのようなメッセージがあったのだろうか。

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『YUIMA NAKAZATO展-砂漠が語る宇宙と巨大ナマズの物語は衣服に宿るか-』より
Photography by Satomi Yamauchi

「やはりファッションで社会にできることは何かなと考えたときに、世界の戦争やリーダーを見渡すと、未だスーツを着た白人男性という記号が変わらないというのがあると思うんです。ファッションではココ・シャネルやイヴ・サン=ローランをはじめ色々なデザイナーたちが女性をエンパワメントしてきましたが、未だに残るこの変わらないマスキュリニティはどう切り崩したら良いんだろう、と私自身男性として思うんです。さらにこれを解体できるすべはないだろうかと。そこで、機能思考、ミニマリズム的傾向の強い現代に排除される流れとなっている装飾性を男性が身につけるという世界観は起こり得ないだろうかと思いついたんですよね。強くあるべきというマチズモを脆く壊れやすい素材できた鎧のようなものによって壊していく、それがメッセージになるのではないかと」

東洋のアイデンティティとともにジェンダーに対する姿勢を示すことの意義

YUIMA NAKAZATOのショーではオートクチュールの発表当初からレディスとメンズが半分になるように構成されているのだが、それは歴史的に非常に珍しいことだという。男女が明確に分かれているのは、ヨーロッパに古くから根付いているキリスト教の概念の影響が色濃く残っているせいだ。

「オートクチュールで発表する数少ない東洋発デザイナーのブランドとしてジェンダーの曖昧さを示してもいいのではないか、と考え、全てのピースがどちらのジェンダーであっても必ず着られるような仕様にし、男女半数のモデルを起用して発表しています。このメッセージが少しずつ世の中に広がって、価値観の変革に繋がるかもしれないなと思っていました。
 
最近、アジアの男性セレブリティの方々がたくさん着てくれるようになってきたんです。これまで晴れの舞台では男性はスーツとタキシードが定番でしたが、アジアの方のほうが抵抗なく新しいものを身につけてくださる傾向にあるようです」


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YUIMA NAKAZATO HAUTE COUTURE COLLECTION 2025 SPRING-SUMMER
Photography by Guillaume Roujas 

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「FADE」コレクションより
Photography by Yuima Nakazato

2025年コレクションFADEで踏み出した新しい一歩

2025年1月に行われた最新コレクション「FADE」は、エジプトの白砂漠を移動する中で、太古に思いを馳せ、巨大ナマズの神話を生み出した。さらに「人間の美しくあろうとする尊厳」への思考を追求した末のクリエイションが紡ぎ出されている。
 
「外にある何かからインスピレーションを得て作り出すことはこれまでと変わらないのですが、今回は自分自身でも物語を作っていく、世界観を作っていくことに挑戦しています。砂漠の写真とコレクションとを六本木の52階で見比べていると、東京の砂漠化といった非現実的な世界観も、この気候変動や環境のダイナミックな変化に触れていると当たり前の日常がぜんぜん違う世界になることもありうるかもしれないと思えてくる。そんな想像をしながら色々な意味でワープをしてもらえたら嬉しいです。
 
アジア人の男性がサハラ砂漠にいる写真に現在の東京や地球を思いながら、唯一の衣服を着る生き物である人間への存在意義や、他から借りてまでして衣類を着る意味ってなんだろう、人間ってなんだろうと考えていくうちに存在が全て不思議に見えるような、そんなふうに考察してもらえたら面白いなと思っています」

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「FADE」コレクションより
Photography by Yuima Nakazato

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『YUIMA NAKAZATO展-砂漠が語る宇宙と巨大ナマズの物語は衣服に宿るか-』より
Photography by Satomi Yamauchi

白か黒かではなく、見る人の思考が促される存在を意識

「『燃えるドレスを紡いで』でも 意識していたんですが、社会問題を訴えかける時、欧米社会では悪と正義を明確に描きがちだということを知った時になんだかしっくりこなくて。なので、あまり白黒はっきりさせず、答えは見ている人に委ねて、発信する側としてはグレーにしていくことが心地よいんじゃないかという気もしていて。対立も起きにくくてどちら側の意見の人にも訴求できる可能性が出てくるという意味では、インパクトが大きいんじゃないかとも思っていたりするんです。今回の展示も同様に、見ている人たちに委ねていくような、そんな風になれたらいいのかなっていう気もしています」


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information

「YUIMA NAKAZATO展-砂漠が語る宇宙と巨大ナマズの物語は衣服に宿るか-」

会期: 2025 年 2 月 3 日(月) – 2025 年 2 月 16 日(日)
開館時間: 10:00 – 20:00(最終入館 19:30)

会場: 東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52階)
 
WEBSITE

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ARTIST TALK vol. 3

Special Guest: 渡邉康太郎

YUIMA NAKAZATO 展特別企画、デザイナー中里唯馬のアーティストトーク第三弾は、Takram コンテクストデザイナーであり、東北芸術工科大学客員教授も務める渡邉康太郎を迎えて「衣服に宿る物語とコンテクスト」をテーマに開催。定員は 30 名。応募フォームより早めのご応募を。
応募はこちら
 
YUIMA NAKAZATO展
砂漠が語る宇宙と巨大ナマズの物語は衣服に宿るか
ARTIST TALK vol. 3 by Yuima Nakazato
Special Guest: 渡邉康太郎
 
日時2025年2月14日(金) 19:00〜20:00 (受付18:00〜)
会場 東京シティビュー スカイギャラリー3 (六本木ヒルズ森タワー52階)

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YUIMA NAKAZATO designer

中里唯馬

1985 年生まれ。2008 年、ベルギー・アントワープ王立芸術アカデミー ファッション化を卒業。2016年、パリ・オートクチュール・ファッションウィーク公式ゲストデザイナーの一人に選出。近年では単独回顧展『BEYOND COUTURE』が仏公立美術館であるカレー・レース・ファッション美術館にて開催。またボストン・バレエ団やジュネーブ国立劇場などで行われるオペラやバレエ等、舞台芸術の衣装デザインを行う。また自らが発起人となり、未来を担う次世代のクリエイターのためのファッション・アワードFASHION FRONTIER PROGRAM を創設。

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yukasonesato

editor, writer, creative director

YUKA SONE SATO

サステナビリティの視点で創造者を称賛するプロジェクトTENDER PARTY主宰。サステナブルファッションに関係する記事の編集・執筆のほか、ビジュアル制作やWEB編集ディレクション、ブランドのメディアコンサルティングを行う。
 
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