いつでもおいしい魚が獲れる豊かな海。いつの日からか変わってしまった海の姿をヘルシーに戻すために奔走し、4年目を迎えるUMITO Partnersという会社がある。海で働く人達を通じて海洋問題に向き合いながら、データに基づいた持続可能な漁業へのシフトを日本全国に促す。街に戻ると、美味しくて安全なめぐみを東京のこだわりあるレストランへと繋げていく重要な橋渡し役となる。欧米を旅しながらヒッチハイクやバックパッキングで8年間大自然に向き合ってきた代表の村上春二氏だから目指せる「ウミとヒトとのポジティブな関係」とは。
「海洋で起きている問題は?」と聞かれてなにが思い浮かぶだろうか? プラスチックゴミが浮遊する海で破棄されたネットなどゴーストギアを首に巻き付け、お腹をゴミで膨らませて餓死している生き物たちの動画はショッキングだがそれだけではない。
豊かな海に囲まれた日本だが、日本の漁獲量は40年間で3分の1以下に減少しているという。原因はさまざまだ。気候変動による海面温度の上昇は世界中の魚の回遊ルートを大きく変え、次なる自然災害を次々に巻き起こしている。沿岸開発、ウニやアイゴなどの食害が複雑に連動した結果、藻場をはじめ魚が育つ環境が過去10年間で約70%も激減し、生態系は崩壊していく一方だ。日本のEEZ(排他的経済水域)は、世界の海洋生物の約14%が生息している生物多様性ホットスポットのひとつでもあるが、過去50年で68%もの陸・川・海の生物多様性が減少しているという。さらに、世界の海では現在でも密漁などの違法漁業がまかり通り、2015年では輸入した天然水産物215万トンの24~36%がIUU(違法・無報告・無規制)漁業と推計されたこともあったという。規制を含めて安全な漁業を守るための法律は古く、対策を講じるためのデータも乏しい。いつしか生活様式が土着の風土から遠のき、人々の意識から自然への敬意が薄れてきてしまった結果、海と街に大きな隔たりができた。後継者なく高齢化する漁業の現場は衰弱しきっている。
サステナブルな漁業を推進するUMITO Partners
UMITO Partnersはサステナブルな漁業・養殖業への転換を促すために、大学や行政の調査機関と協業したデータの解析、MSC認証の取得サポート、卸先調達支援をはじめとしたさまざまな関連事業を行っている。サステナブルな漁業とは、魚を獲る量よりも生まれる量が多い状態が保たれ生態系への影響が最小限に抑えられていること。そのために漁業の管理を工夫し、海の状態を改善し、魚介類にとって最良な成長環境を整えることで状態の良い海産物の収穫へとつなげていく。サステナブルな漁業で育てられた美味しい海産物は、持続可能な営みと自然の恵みに心から敬意を払うガストロノミーで花開く。卸先が広がることで漁師の生活が豊かになるだけでなく、海を守るという使命や貢献への想いは漁師ひとり一人の人生のクオリティを底上げする。現在では東京都内を中心に有名レストランやホテルを含め約30店舗以上がUMITO SEAFOODの取扱をしている。さらにUMITO Partnersは、現場の声を政治に届けるべく漁業法の改正に取り組んでいたこともあり、2023年には事業を通じて環境をより良くしている点が大きく評価され、B Corpも取得している。
よりよい海づくりに最も重要なのは海上に立つ漁師。彼らの価値を高めるのが使命
サステナブル漁業へとシフトを促すことの難しさは、漁場によって仕組みも文化も異なることだ。土地が違えば価値観も風習も違う。そもそも、サステナブルな漁業そのものが知られていない上に、そのみち10数年の漁師達に向かって10年先を見据えて日々の慣習を変える提案をするハードルは高い。「明日の飯も食えるかわからんのに、なんで10年後のことが考えられるんや!」と嘆く漁師ひとり一人に、村上さんはじっくりと向き合う。意気投合したら膝を突き合わせ、酒を酌み交わし、何ヶ月も何年もかけて信頼を得る。いつかサステナブル漁業の素晴らしさを理解し、それが本当に自分のやりたいことだ、と漁師ひとり一人が自ら強い思いを持つようになるまで「『北風と太陽』の太陽のように」彼らの足もとを照らし続ける。「自発性を持った人は、僕たちがいなくなってもやり続ける。それが理想なんです。お金が理由で始めるとそれが理由で辞めることもできてしまう。長い目線で見て一過性の起爆剤ではダメなんです」
お金は世の中を良くすることも、狂わせることもできる
「ウミとヒトとのポジティブな関係を作っていきたい」。このパーパスのもと走り続けるUMITO Partners。人と地域社会の問題に向き合う村上さんがデザインしてきた仕組みは、属人的で原始的な世界にどっぷりと浸かることで、はじめてコマをひとつ進める事ができるほど人間臭いものだ。魂の交換とも言える、むせかえるような人間同士のぶつかり合いは、生を司るものの緊迫した現場特有の雰囲気の中では当然のマナーだ。同時に、自然から命をいただくということはそういうことだということを思い出させる。
ターニングポイントになった出来事の1つである、ペルーのチチカカ湖に訪れたときの話をしてくれた。「葦の草の上で何千年と変わらない普遍的な暮らしをする人たちの家にホームステイをしたんです。変わらない歴史を感じたくて行ったんですが、そこでは自分はただの観光客だと気づいて愕然としたことがあったんです。別れ際、また観光客を連れてきてね、と言う彼らは以前まで石鹸を自分たちの尿から作るような自給自足を徹底して生きていた。貨幣経済に入ったきっかけは、訪れたひとりのドイツ人が飴と石鹸をおみやげに渡したことだったそうです。ひとりの善意が何千年の歴史の歯車を変え、伝統を一瞬で壊すことになった。もちろん、彼らはそれで幸せかもしれないし、変わらないでいて欲しいというのは僕の勝手なエゴです。ただ、お金の使い方や稼ぎ方ひとつで世の中良くも悪くもできる、それだけの力を持っている。だからそれを善きに使いたいし、ビジネスを通じて何をしたいのかということを大切にしたいと思っています」
profile
UMITO Partners 代表取締役 村上春二
福岡県出身。サンフランシスコ州立大学にて自然地理学とビジネスを先行し、帰国後パタゴニアに日本支社で勤務しながらフリーランスライターとして活動。その後、NGO「Wild Salmon Center」の日本コーディネーターとして勤務し、2015年国際環境NGO「Ocean Outcomes」の創立メンバーとして日本支部長に就任。2018年に「株式会社シーフードレガシーと合併」、取締役副社長/COOとしてサステナブル・シーフードや漁業・養殖業に関わる事業部署を統括。2021年「株式会社UMITO Partnes」設立。Asia Pasific FIP Community of Practice Council member、養殖業成長産業化推進協議会委員
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