Design / Art

2024.11.24

プラスチックから生まれたバニラアイスが語る矛盾

interview by YUKA SONE SATO
words by ATSUSHI NAKAYAMA

プラスチックから生まれたバニラアイスが語る矛盾

プラスチックを原料にバニラアイスクリームの作品を作るアーティスト/デザイナーのエレオノラ・オルトラニ(Eleonora Ortolani)は、現在ロンドンを拠点に活動している。ミラノ工科大学でデザインの学士号を取得後、スイスで大手ブランドを取り扱うVFコーポレーション社でヴィジュアルデザイナーとして従事し、その後イタリアのファッションブランドNapapijriのグローバルヘッドクォーターとして、キャンペーンのヴィジュアル制作などを手掛けていた。しかしながら、金儲けを目的としたマーケティング手法に違和感を覚えて退職しイギリスへ。ロンドンの芸術大学であるCentral St. Martins(CSM)のマテリアル・フューチャー学科に入学し、デザインによってサステナブルな未来を拓くための学びを享受した。目的や手順、メカニズムに至るまでの全てのデザイン論だけでなく、文化や政治倫理観を学ぶ。常にデザインの目的を明らかにし、分析しながら解決策を設計することは彼女に多大なる影響を及ぼした。

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©Tom Mannion

CSMで食料問題や気候変動といった実社会の問題をベースにプロジェクトを行っていたが、あるときクラスメイトの作品に憤りを感じたという。それはプラスチックを溶かして可愛い椅子を作り出すプレゼンテーションだった。
 
「椅子を作ることでお金やビジネスになる可能性はあるけれど、根本的なプラスチック問題の解決にはならない。UV耐性のないプラスチック椅子は、いつかは壊れてしまうのだから、結局は、どんなに可愛い椅子でもゴミの埋立地に行くまでの時間稼ぎにしかなりません」

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©Elenora Ortolani

問題が大きすぎるせいか“他の誰かの責任”にしてしまっているんじゃないかしら

解決はおろか、新たな問題を作っているこの状況は、クラスメイトのことだけでない。蓋を開ければ大企業をはじめ様々な業界全体に通じるだろう。
「わたしたち人類にとって環境問題は、とても大きな問題のはずなのに軽視されていると思うんです。問題はすぐそこにあるのに、まるで遠ざけるかのようにみんな見て見ぬふりをしている。政策まで考えられているのに、未だに解決にすら至っていない。プラスチック問題でも同じ。問題が大きすぎるせいか“他の誰かの責任”にしてしまっているんじゃないかしら」
 
生分解やリサイクルできる100%の素材に混ぜ合わせることでわざわざリサイクルできないものに作り変える人や企業に嫌気がさしたエレオノラは、一年で休学を決意する。不快にさせるプラスチックという存在とあえて向き合うことでGuilty Flavoursのプロジェクトが始まった。

May_2023_14033 (1)_ Tom Mannion

©Tom Mannion

生活のあらゆる場面で多用されるプラスチック。その代替品を作り出すのは不可能に近いが、有機的に問題を解決できる可能性を持つワックスワームという昆虫の存在に出会う。パッケージなどに使われるポリエステルなど特定のプラスチックを体内で消化する酵素を持つ幼虫だ。さらに、ペットボトルをリサイクルするために、ワックスワームとは別の細菌が研究されていることも知る。イデオネラ サカイエンシス(Idionella saccayensis)は、日本で発見された、ペットボトルの原料となるポリエチレンテレフタラートを栄養源にする細菌で、プラスチックだらけの環境に順応するために、プラスチックを消化するよう進化したものだ。
 
リサーチを進めていく中で、エレノラは似たような研究を行っているエディンバラ大学の科学者、ジョアンナ サドラー(Joanna Sadler)に出会う。彼女も同じく、プラスチックを食べ物に変えることに興味を持ち、既にプラスチックからバニラの香りを抽出することに成功していた。イデオネラ サカイエンシスの酵素と、人間の体内にもある大腸菌を混ぜ合わせ、DNAを書き換えることで、プラスチックを破壊すると同時にバニラの香りであるバニリンを生成することができる。生成に成功したジョアンナの遺伝子組み換え細菌を分けてもらい、エレノラ自身もこの実験に挑んだ。
 
「指示に従って実験を行っても、複雑な実験内容に何度も失敗しました。説明上ではとてもシンプルに聞こえる作業だけど、実際には適した温度で餌を与え続け、細菌を育てることが重要だった。全て正しい手順で実験を進め、ミクロ単位の計量を行った上でやっと、ペットボトルを入れることができる。活発になった細菌たちはそれを食べ、初めてバニラの香りを嗅ぐことができました」

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©Mael Henaff

Guilty Flavoursは、冷凍庫の中に封印されたアイスクリームが鎮座するというアート作品である。この中のアイスクリームは誰も食することはできない。
 
「実験当初は、食べるところまでをパフォーマンスとしても考えていましたが、食べることを禁じられてしまいました。とても残念でしたが、新しいことに気づくきっかけにもなったんです」
 
バニラアイスと聞けば、バニラの木から取れたバニラビーンズを使用していると安易に想像するかもしれない。しかし、スーパーなどで売られているバニラエッセンスの多くの原料が原油だということをご存じだろうか。乳製品に牛乳ではなく植物油が使われているのと同様に、普段何も疑わずに「美味しい」と言って食べている食品には、実際の動植物を原料としていないものが数多く存在している。原油から作られたバニリンと廃棄プラスチックから作られたバニリンの分子式が同じとすれば、果たしてそこに違いはあるのだろうか。また、実際に何を口にしているか知りもせずに”安全”なものを食べていると信じている人が多いにもかかわらず、「廃棄プラスチックで作られたバニラ味のアイスクリーム」に対しては声を荒げる人も多かったという。

「これを発表したことで、多くの反感の声が上がりました。私達にプラスチックを食べろというのか!? と声を荒げる人もいた」しかし、「食品をより美味しそうに見せるため」「食品の腐敗を遅らせるため」どれほどの添加物が使用され、どれほどの化学調味料が使用されているか考えているのでしょう? 廃棄プラスチックを使った食用のアイスクリームが食品規制されたことも事実だけれど、物事の捉え方にも規制がかかっていることも事実なんです」

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©Mael Henaff

エレオノラ・オルトラニが、食べ物に関するプロジェクトを取り扱うことが多いのは、誰もが関心を示しやすいからだ。アイスクリームのことなら、老若男女関係なく理解できるし、政治的に発展することもあれば、もっと大きな問題に繋げることだって容易い。食べ物はわたしたちにとって、とても身近で大きな影響力を持つ。
 
約2000年前から、人類の体はほとんど進化をしていない反面、食生活は大きく変化した。
店舗で簡単に食事が購入できる現代。便利さにかまけて自分たちが口にしているものの実態がおざなりになっていないだろうか。エレノアは現在、ビジネス(お金)の目的だけに作られた食べ物に対して、研究を進めている。

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May_2023_14091 (1)_ Tom Mannion

食とアートを通じて盲目さへと警鐘を鳴らす

彼女は自らをデザイナーだとは思っていない。未来の問いを生み出すスペキュラティブな考え方でありながらも、アーティストとしてあくまでも「現在」にフォーカスを当てる。
 
「どんなに馬鹿げたコメントが届いたとしても、どれだけアンチがいようとも、わたしは何も言わず、わざと人々に叩かせ罵声を浴びせさせました。本当に腹が立つなら問題について調べるきっかけにもなるでしょう。わざわざ説明し直すのはわたしの役目じゃないから」。
 
今、わたしたちの生きる世界では、様々な問題が飛び交っている。戦争や気候変動、環境汚染、人権や格差など問題が大きすぎてどれから手をつければいいのか分からず、何もしないという選択肢に陥ってしまっていないだろうか。「わたし一人が行動を起こしても変わらない」と責任転嫁をするのではなく「わたしには何ができるのか」という意識改革をする必要がある。現在「当たり前」に存在するものの中には、数年後にはこの世から姿を消しているものもあるだろう。エレオノラ・オルトラニは、身近にあるアイスクリームという食品を使って、苦い事実を提唱し続けている。

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Multidsciplinary artist and material designer

ELENORA ORTOLANI

エレオノラ・オルトラニは、ロンドンを拠点に活動する多分野のアーティスト。セントラル・セント・マーチンズで学んだマテリアル・フューチャーを専門とする彼女は、食を中心的な媒体として、差し迫った社会的、世界的な問題を探求することに関心を寄せている。科学者、技術者、シェフなど多様な専門家とのコラボレーションにより、アート、サイエンス、テクノロジー、料理の境界線を曖昧にし、伝統的な芸術の枠を超える。彼女の作品は、既成概念に挑戦し、現代の課題に対する新鮮な視点を提供している。
 
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