『HOW TO CREATE THINGS FOR THE WORLD SUSTAINABLY』
――世界に持続可能な形でものを生み出す方法―― という素晴らしい本が描かれたのは2023年のことだ。著者はSarah K。サステナブル・デザインプロジェクトSupercyclersを主催したり、The Sustainablist line名義でLittle Black Smart Dressという新しいファッションの循環型・実験型プラットフォームを提案している。
Supercyclersは、2011年に初めてミラノサローネで発表されて以来、一般的にサステナビリティが重要視される10年以上も前から、デザインの力でその重要性を訴えてきた。現在、常識的もしくはトレンド化しつつあるサステナブルなものづくりは、ものを作る誰しもに共通した課題だ。変わりゆく地球環境に対してどのようなアプローチをするのかは、私達人間の手にかかっているにも関わらず、私達が毎日の生活を生き抜く上での最重要事項ではない事が多い。現代社会を生きるモダニスト達へのメッセージ、取扱説明書、あるいは教科書としてこの本は活用できるだろう。
森林伐採から一念発起、環境アクションをデザインで
建築を学び、映画の制作や家具のデザインなどを手掛けていたSarahが、環境活動に目覚めるきっかけとなったのは、2006年に移住したタスマニア島のホバートでのことだった。太い木を山のように積んで走るトラックが1日に何台も通り、港にはウッドチップが山積みになっている。森林伐採は規制が行われているとメディアは伝えるが、眼の前に広がるのは到底信じられない状況だったという。数年後シドニーに戻った彼女は、環境問題の解決に焦点を当てたプロジェクトをスタートさせる。それまでも、環境保全活動はあったが、自分たちの美学でより大きな議論へとつながるような影響力を持ち、実際にアクションできる機会を与えるものにしたい、と考えたのだという。
現代の人々の関心事は、より多くを手に入れることだ。ひとたびSNSを立ち上げれば消費社会が渦を巻いている。街を歩けばおなじみの顔ぶれが軒を連ねる資本主義社会は、刻々と脈をうつように増幅している。果てることのない欲望を満たすためのものが作り出され、それを増幅するものが作り出されては、追いかけることに喜びを見出し、身を投じていく人々。成功の証として所有することの美学に囚われ、身動きが取れない。
戦後の消費主義を定義したのは、経済学者ヴィクター・ルボウだ。
“Our enormously productive economy demands that we make consumption our way of life, that we convert the buying and use of goods into rituals, that we seek our spiritual satisfaction, our ego satisfaction, in consumption….We need things consumed, burned up, replaced and discarded at an ever-accelerating rate.”
「私たちの経済は生産性が非常に高いため、消費を生活様式とし、商品の購入と使用を儀式に変え、消費において精神的な満足とエゴの満足を求めることが求められています。消費されるもの、燃やされるもの、置き換えられるもの、廃棄されるものを、これまで以上に加速的に消費する必要がある」
2024年にあるべき消費者の姿とは、どのようなものだろうか。
“Less is More”(過ぎたるは及ばざるがごとし)の美意識が精通するミニマリズムの世界は、サステナビリティと相通じるものがある。この美意識に立ち返るために、Sarahは私達に様々なデザインを提示してきた。例えば「世の中で最も無くなるべきもの、それはヴァージン素材の使い捨てプラスチックバッグ」という仮定のもとヴァージンプラスチックのバッグに加工したオリジナルの新素材を創生。『Plastic Bag Light』は2012年にミラノサローネで発表され、話題を呼んだ。『No Heater Winter Chair』では、季節の変わり目に1枚羽織るよりも安易に暖房をつけてしまうモダニストに向けて作られた。ウールにくるまれたチェアはウェーバリー・ウール・ミルズ社とのコラボレーションだ。素材や構築上の代替えによって、便利さは変えずに環境へのインパクトを減らしていくという試みだ。
「石油ベースの素材をバイオ素材に置き換える、というように素材を入れ替えるための有益な方法を模索し、実行し、通過することが重要だと思います。それらを通して実際に対策することで、あらゆる環境破壊について考えていくうちに、消費社会に駆り立てられなくなる、という最大の変化を起こすことができるのではないかと考えています」
購入時に最後までコミットする服
LITTLE BLACK SMART DRESS
自己表現でもあるファッションの世界では「もっと欲しい」がつきまとう。環境汚染ランキング上位の業界に対するサステナブルなソリューションとしての循環経済を考え出した。Little Black Smart Dress(LBSD)は、半永久的な素材プラスチックを再利用して作られたドレスだ。捨てられずクリーンエネルギーや人や環境を破壊しない資源をつかい、製品の寿命が尽きた後の責任までをあらかじめ組み込まれている。今後数年のうちに中古品販売が経済全体の40%を占めると予測されているが埋立地に送られては元も子もない。LBSDは、購入時に回収に同意するという契約を結ぶ必要がある。RFIDタグがつけられ、送料が保管されると同時に購入者のメールアドレスと紐づけられ、購入者は希望すればすぐに返却の手配を無料で行うことができるというものだ。
「そこで私がしたかったのは、無自覚にクリックして翌日にはポストに届いているという感覚をなくし、立ち止まって考える機会を設けることでした。一人ひとりが、本当にこの商品に対して責任を取りたいのか? を考えて欲しいのです」
もちろん、返却されたドレスは適切な処置をされ「Second Generation Little Black Smart Dress」として掲載する。プレラブドの商品には全保持者の名前が記載され、新しいストーリーとともに連帯感を生み出す。常に責任の不在を問いかけ、リニア(直線的)からサーキュラー(循環型)へとシフトをしていく。
行動変容を引き起こすデザイン
モダンポスターに込められた意図
先の古臭い消費主義を後押ししたのが、ポスターなどのグラフィックだ。可愛いものや素敵なものが好きな私達は、煽られるがまま我先にと飛びつく。デザインの求心力が人間を消費者という怪物に変えてしまった。良くも悪くもデザインの力を込めている。デザインが持つ力で行動変容を起こすためには、多きすぎる野望を抱きすぎないことだという。
「地球の問題は、大きな問題であり、大きく考える必要があります。しかし同時に一人ひとり持つ専門性を大切に、この問題に立ち向かう必要があると思うのです。この問題に貢献することで、すでにその領域で影響力を持っています。多きすぎるアイデアで考えを悩ませるよりも、小さな変化をもたらすにはどうすればよいかというアイデアを単純に適用するほうがずっと賢明です。逆に、誰かがやってくれるだろう、といった考えは悪影響を及ぼしますけれどね。もしあなたが『わたしがやる』という態度でいれば、行動して変化をもたらす人になり、次に出会う人に影響を与えるでしょう。強く感じたら、とにかく行動するほうがずっと良い。例えそれがとても小さなことのように思えても、それはあなたが考えている要理もずっと大きなことなのです」
「不在」が問いかける、ありあまる「存在」の意義
2022年にSarahは、10年間のサステナブルなデザイン活動の集大成としてインスタレーション『The Presense of the Absense』を発表した。よくある、「会議中」などと示すスライドには<NEAR FUTURE>と逆さまに書かれている。誰もいない、なにもない部屋の中に入ると、張り紙がある。
『この部屋は近未来です。ここではものがないことが好まれ、物質主義は終演を迎えました。……2022年、世界は人間が作り出したもので飽和状態に達しました……』。
An object can no longer be perceived as just the static thing in front of us. Every object is the sum total of its past, present and future
――物体は、もはや目の前にあるだけの静的なものとして認識されることはない。あらゆる物体は、その過去、現在、未来の集大成である